難聴右腕の挑戦:白浜天晟投手が高校野球で見せる不屈の精神
難聴を抱える白浜天晟投手が、高校野球で挑戦を続ける姿を紹介。彼の純粋な思いと不屈の精神に迫る。

特別支援学校から高校野球部へ
白浜天晟投手は、生まれつき難聴を抱えながらも、高校野球への情熱を捨てずに三田松聖の野球部に入部しました。彼の決断は、純粋に野球が好きだという思いからでした。
難聴との闘い
白浜投手は、幼少期に難聴が判明し、手術で人工内耳をつけました。神戸聴覚特別支援学校の小学部と中学部に通い、野球を始めたのは小学3年生の頃です。父親と訪れたバッティングセンターでバットを振り、「野球って楽しい。もっとやってみたい」と感じました。
コミュニケーションの壁
両親からは、他の選手とコミュニケーションがうまくとれないのではと心配され、「無理じゃないか」と止められました。しかし、白浜投手は「やりたい」と言い続け、グラブを買ってもらいました。人見知りな性格で、当初は人間関係で悩みましたが、時間をかけて難聴の自分を受け入れました。
高校野球への挑戦
聴覚特別支援学校中学部を卒業し、三田松聖への進学を決めました。学校側は受けいれる準備をしてくれ、授業では先生らがマイクを使って音を届けてくれました。野球部の上級生や同級生らは、聞き取りやすいよう、話しかけてくれました。
夏の大会に向けて
この夏、白浜投手は背番号19をつけ、大歓声の球場で仲間の声を聞き取りづらいかもしれないが、支えてくれた人の思いを背負って戦います。彼の決断が間違っていなかったと感じる夏になることでしょう。