日本プロレス史上最も古い「インターナショナルタッグベルト」がついに幕を閉じる
日本プロレス界で最も古いベルト「インターナショナルタッグベルト」が、2025年7月17日の後楽園ホール大会でその歴史に幕を閉じます。

インターナショナルタッグベルトの歴史
日本のプロレス界で創設からタイトルマッチで一貫して使われ続けた最古のベルト「インターナショナルタッグベルト」が、2025年7月17日の後楽園ホール大会でその歴史に幕を閉じます。全日本プロレスは3日、都内の記者会見で宮原健斗&青柳優馬が持つ世界タッグ王座のベルトをリニューアルすることを発表しました。
BI砲の象徴
「インタータッグ」の略称で「最強タッグ」の象徴だったベルトは、羽根を広げた鷲のデザインが印象的で、昭和40年代はジャイアント馬場、アントニオ猪木の「BI砲」のシンボルでした。その歴史は、1966年11月5日、蔵前国技館でアジアタッグ王者だった馬場&吉村道明がインタータッグ王者のフリッツ・フォン・ゲーリング&マイク・バドーシスを破り王座を統一し日本マットでの幕を開けました。
歴史的試合
翌67年10月31日に大阪府立体育会館で馬場&猪木がビル・ワット&ターザン・タイラーを破り初奪取。ここから王座陥落はあったが連続14回防衛など「BI砲」の象徴として力道山亡き後の日本プロレスを隆盛に導きました。
ベルトの封印
しかし猪木は71年12月に日本プロレスを追放。同団体での最後の試合が12月7日に札幌中島体育センターで行われた馬場と組んで戦ったザ・ファンクスに敗れたインタータッグ戦でした。この一戦が猪木の日プロでのラストマッチで同時に同団体で最後に巻いたベルトも「インタータッグ」でした。
新たな歴史の始まり
宮原と青柳優は、インタータッグのベルトを巻いて入場する最後のコンビとなります。宮原は「こんな歴史の詰まったベルトは見たことない。最後に巻いて入場するのは感慨深い」と思いを込め、青柳優も「いろんな選手に愛されたベルト」と敬意を表し現在のベルトを「とにかく臭いです。めちゃくちゃ臭い。それだけの偉人たちの歴史が染みついているということです。だけど臭いにおいがかげないと思うと寂しい」と歴史の重みを表現しました。そして「新たなベルトを我々が間違いなく巻きます。新たな歴史を刻んでいきたいと思います。においと一緒に」と新章を見据えました。
ベルトの公開
全日本プロレスは、今後、封印したベルトをイベントなどで公開し後世に語り継いで欲しいとしています。